風の教室
〜野の花・山の花でおなじみの広山流です〜
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生きるということ・・・・
長野おばあちゃん

終日、激しく降り続いた雨が止み、庭の隅からコオロギの声が聞こえてきます。
秋の始まりは、レモンの木々を巡る優雅な黒蝶に代わって、赤とんぼが庭の草木の上を低空停止をしながら飛び交う姿に代わっています。

 かってない忘れられない夏が終わろうとしています。
震災からの5か月が、重い楔となって心の底に沈みました。
地震列島の上に暮らす誰もが抱えたに違いない重いこころ、自らのうえにいつ訪れるかわからない不安は、故郷や家族を失って、よって立つ基盤を喪失した人々の上に、たくさんの優しさや温かい善意となって注がれました。

しかし、人の心の妖しさは、原発という思いがけない災難を得て、死語となりつつある差別をも生んで被災者の悲しみを増長させているという事実に、愕然としないではいられないのです。
人間の賢さと愚かしさと、かって原爆の被害者のうえに注がれたいわれなき差別が、この震災のうえにもあるという事実、自らに置き換えて考えることができないものなのでしょうか。
まもなく、短い秋がやってきて厳しい寒さに見舞われる東日本の被災地です。

 先日、時々参加する<長野おばあちゃんの料理教室>で、そのおばあちゃん先生が81歳のお誕生日を迎えられました。あたたかい拍手とバースデーケーキを贈られて、本当にうれしそうなこの先生は、私の最も尊敬するおひとりなのです。
 農家に嫁がれて、農家の嫁の立場を経験し、その地位に漫然とすることなく、その立場というものを生かすべきと声をあげて実践してこられた生き方に深く感動しています。
当然として、古い因習といわれなき差別とたたかって農家の嫁の内に秘めた強さを実践してこられ、何を聞かれても何を求められてもこたえられる凄さは、本当に尊敬に値する見事な生き方だと、多くの女性の共感を得て、月に一回の料理教室は大賑わいなのです。

夏の始まりの一日、その長野おばあちゃんの山で、タケノコ掘りを体験しました。
都会に暮らすヘナチョコの女性たちの誰よりもお元気で、誰よりも見事な姿に感動を覚えたものでした。
深い知識に裏打ちされた生き方は、本当に素晴らしいもので、その憧れの姿を多くの若い女性たちに学んでほしいものと心から願ったものでした。
| shukablog | - | 09:56 | comments(0) | trackbacks(0) |









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