風の教室
〜野の花・山の花でおなじみの広山流です〜
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約束の道具
初稽古

 時は巡って。友が逝って、また新しい年を迎えました。

 初稽古の日、その友の残してくれた道具を使って生徒さんにお茶を点ててもらいました。
「使ってね。」と生前送ってくれた道具は、使うことができないままに道具入れのなかに眠ったままでした。
御所車の水指、お題「車」の楽茶碗、織部の「竹」の蓋置と建水、べんぼうの棗、それらのすべてを、亡き友は生前私に託していました。「もうたぶん使わないから・・・」
病む直前の形見は、次々に送られてきたもの。
そして間もなく床に伏した友は、2年前、年が明けてまもなく黙って逝ってしまいました。

 今年の初稽古に、熱心な生徒さんによって、その道具のすべてを使って点てられた茶をいただいたのです。
初稽古

 生前、京都に住む友は、何年もの長きにわたって毎年楽焼の蓋置や香合を送ってきて、私は、喜んでそれらを楽しみました。
けれど、この水指も小ぶりの楽茶碗も使うことなく棚の奥に眠り、新春の稽古にふさわしい道具として初めて使う気になったものです。
ユニークな形の水指も使い勝手はよいということでした。
きっと、この座に居て見守ってくれているであろう友の澄んだ声を耳に感じながら、黙々と稽古に励む生徒さんの手元を眺めて過ごした夜の稽古場でした。
| shukablog | - | 23:20 | comments(3) | trackbacks(0) |
お茶は、良いですね。ところで、水差しが置かれている立法形
の枠は何に用いるのでしょうか。水を茶釜に注ぐには、枠が邪魔と言えないこともありませんが、多少気になるのですが。台の上にお花を飾るのでしょうか。門外漢で申し訳ありません。
| 河野省吾 | 2012/02/11 12:42 PM |
コメントありがとうございます。
水指が置かれている棚は、桑卓(くわじょく)といって、稽古の初期のころ登場するものです。大ぶりの水指など、運び出すものとしては大きいものであった場合などに用いられます。上に棗や場合によっては、茶わんなど、また、下段には浅い建水などを置いたりします。
流派によっての違いもあると思われますが、入室後に、それらを解きながら点前を進めていきます。
点前が退出後に、客が、使われたものを拝見できるためにも飾られるという側面があると思います。
| 河野省吾様 | 2012/02/13 10:34 PM |
教えてくださり有難うございます。私のお茶は、大学時代の座禅の部活での文化祭向けのお手前です。それでも先生は、枚方におられた表千家の大原冨紗子(宗紗)先生で、マスコミ人で、一流の先生。枚方へ転居後もわざわざ東京の大学まで学生を指導されていました。私は、5月の連休、先生の邸宅に押しかけ泊めていただき、最終日、折角来たのだからと、先生の立派な茶室で私一人の為にお茶を点てて頂きました。今から思えば若気の至りとしか言えない懐かしい思い出です。亡き先生の茶室は、関西に移され、今は神奈川に移されたとインターネットで見つけました。
| 河野省吾 | 2012/02/14 9:03 PM |









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