風の教室
〜野の花・山の花でおなじみの広山流です〜
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生命の季節に
カササギ 毎日、ざっと目を通すだけの新聞、唯一<天声人語>だけは丁寧に目を通して切りぬく。胸が凍る思いをして怒りに震えたアパートに残された子供の白骨死体、天声人語に代弁されていた。30代後半の父親の鬼畜にも劣る行為に、男性不信に拍車がかかった。
 誤解を恐れずに言えば、年を重ねて、おだやかな優しさや思慮深さを失ったかに見える男たちは、多くの場合、周囲への配慮をものともせずに、幼いころから重ねてきた優位性を誇示しつつ粗雑に周囲を睥睨している姿が目につく。恥の文化が語られる昨今、同様に女性にも言えることではあるが、失ってほしくない人間としての凛とした生き様は日常のちょっとした行為に表れる。
喜びも悲しみも、それらを胸いっぱい抱き込んで年を重ねれば、にじみ出る優しさがあってしかるべきと思う。
人生の途中、自らの命を分けて壮年を生きる過程に、その分けた命を放棄して選択の余地のない境遇に置くという行為を、どのように理解すればよいかわからない。幼子が、なすすべもなく朽ちていく過程を考えて胸に激痛が走った。考えまいとしながら暁を迎えた。
分ける命を持つことが出来なかった自らに、この朽ちていった幼い命を抱きしめることさえできていたらと、埒もなく・・・・

 カササギのつがいが、若葉が芽吹き始めたころ電柱に巣作りをはじめ、芽吹いたばかりの我が家のモミジの新枝をくちばしで手折って運んでいた。前年、カラス軍団に襲われ必死で巣を守っていたツガイの鳴き声が聞かれなくなって、さらに、その巣も撤去されていたが、今年、また巣作りを始めていてどうか無事に卵がかえるように願っていたが、ある日、頭上で鳴き声がして大急ぎで二階のベランダに出てみると、幼い小鳥をかばいながら動きを教えている親鳥を目にした。大好きな鳥の姿に感動しながらシャッターを切った。巣は、電力会社によって早々に撤去されていた。
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