風の教室
〜野の花・山の花でおなじみの広山流です〜
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秋の入り口
藤袴 秋分の日も過ぎて、庭の片隅からコオロギやキリギリスの鳴く声が聞こえます。あっという間に夏が終わり、今年、耳をつんざくようなセミの声を聴かなかった気がします。土の中から塀伝いに上っていた土の通路も見られないままでした。
 仕事に追われ多忙をやり過ごして、気づけば今年はサングラスがカバンの中で眠ったままでした。

 異常な暑さが人を狂わせるということを聞くけれど、その異常な暑さがなかったために、執拗に幼子をつけまわして殺害に及ぶということもまた夏の出来事なのである。
もう、耐えられないほどの怒りと悲しみを覚えずにいられない。
<40男が50男が、さっさと死ねばよいものを・・・>とテレビに向かって思わず悪態をついて叫んでしまった。
親が付き添って集団登校させたり下校させたり、子供の自由な感性を奪わざるを得ない異常な事態を、どのように考えればよいものだろうか。
 昔、まだ若かった頃一人旅をして、東北の長~い田圃道を二人の女の子が道草を食って帰っていた。ランドセルを背負って小学1.2年生くらいだったと思われるが、懐かしかったので黙って後をついていった。ゆうに30分はかかっていたと思う。大人の足で5分もかからない場所を立ったりしゃがんだりしながら帰って行く。「何をしているの」と声をかけると、にこにこしながら「虫さん見つけてるの」と答えた。開けた田園風景の中ではあったが、田んぼと山しかない一本道、人家も見当たらない場所を大いなる道草を食って帰っている。
そんな時代、今なら危険極まりないのではないだろうか。石川啄木の代用教員時代の、今では廃校になっていたと思われる学校を見に行く途中の出来事で、忘れがたい風景を思い出した。私も相当に道草を食って一緒に歩いたのである。

 何とかしなければならないのではないかと思う。
早めの夕飯を食べて、自転車に乗って塾に出かける隣の女の子に、「気をつけてね」と声をかけてしまう。
「はい!」と元気な声で出かけていく。「いってらっしゃい」とは言わないのである。
なんという時代なのであろうか。
「えっ!またっ!」
子供の受難が続く時代。
 幼い子供にとって、なんという時代なのであろうか。
 そして先日、夕方のバスに乗っていたら向かい合った空いた席に小学1年生か2年生の女の子が乗ってきた。
座るや否や背負ったランドセルをくるりと前にもってきて、中からノートと筆箱から鉛筆をだし、真剣に書きはじめた。
宿題なのか復習なのか、じっと見ていたらノートの2ページにわたって単語を書きはじめた。よくわからなかったが、簡単な漢字も交じっていたように思う。巨大なお尻を持つ中年の女性が横に割り込んできて、女の子は、隅に押しやられたがめげずに書き続けて、ほぼノート2ページを書き終えると、サッと鞄に収めてあわててバスを降りて行ったのである。

 殺された女の子と同じ年頃の子供だったことを思い出した。
 未来に向かう子と未来を絶たれた子と・・・・

朔から少しづつ月が顔を出し始めた。
彼岸が明けて、今夜は三日月が見られるかもしれない。
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