風の教室
〜野の花・山の花でおなじみの広山流です〜
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受難の季節
紅葉 秋が始まりました。
まだ浅い秋の始まりは、相次いで列島を襲う台風の到来からはじまった。
大海に発生した台風は、どうしても小さな島国が気になるようで、地球の凹凸のこの長い國に向かって角度を変えて襲って来るのである。
 壊れかけてストレスの源になっていたテレビを、思い切って大型に換えた途端、台風情報が朝から流れ臨場感を持って伝わってきます。
 そして、何故いつも、警戒を伝える多くの情報を知りながら高齢の男性が外に出て命を落とすのか、毎年の、毎回の災害に関与して迷惑をかける。不思議でならない。
災害というものに無感覚になっているのかもしれないと思いながら、あるいは、自らの年齢を考える前に、男としての意気といったものがあって無感覚になっているのか、哀しくてならない。
 災害の度に伝えられる情報に「何故?」と思ってしまう。

 まだ、見つかっていない御嶽山の災害に命を落とした人の捜索を台風が遮断した。
美しい秋が、その始まりから悲劇をもたらすことになった。

 先の皆既月食は、久しぶりの空を見上げる日になって何度も2階の上り降りをした。
そして、幸運なことに期せずしてスペースシャトルの通過を目撃した。
意外な速さで西の空に明るい光を見せて通過していったのである。
かって、一度だけ目撃したことがあって、思いのほか明るい光と速さで通過した夜の空に不思議な感覚を覚えたことがあった。
確信のないことは言わない方がいいということがあって、そのままになっていたが、気象予報士が今回のスペースシャトルの通過を予告したことで、やはりそうであったという安心感に満たされた。

 この秋は、多彩な事柄に始まり、忘れがたいものになるようである。
ノーベル賞の受賞者が日本から3人出て、そして、パキスタンの17歳のマララさんが平和賞を受賞したことが何よりもうれしい。命の危険にさらされながら、女性の教育と自立を訴え続ける姿に深い感動を覚えた。
世界中の多くの人たち、とりわけ女性たちは、心からの拍手と賛同を覚えたに違いない。
かって日本に、女性にとってパキスタンとさして変わりない時代があった。
 そして、その違いは、明らかな命の危険を伴う暴力によって支配されないということに他ならないのである。
銃社会の、度し難い人種差別が、人格とか教養とかそれらを抹殺して女性の自立を阻害する姿は、見ていておぞましい。
女性の地位や人格が阻害される国の、破壊に満ちた国情は、日の光を浴びて烏合の集と化す男たちの姿を白日の下に晒す。
 そんな姿が映し出されることのない日が訪れることが、女性たちが、人間として対等に生きていくことが出来る国の姿であることが、一日も早く訪れることを願ってやまない。
 
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